鳴かぬなら 鳴かせてみせよう 鳩や亀
2012-01-30


「亀鳴くや 皆愚なる 村のもの」と詠んだのは、高浜虚子です。

 「亀鳴く」は、俳句では春の季語であり、歳時記にも載っています。しかし、果たして亀は本当に鳴くのでしょうか?

 タイトルもずばり「亀が鳴く国〜日本の風土と詩歌」(中西進 著、角川学芸出版 発行)という書物が、いま手元にあります。作者によれば、これこそは俳句の「エアポケット」というものです。
 読者は亀が鳴くことなどありえないと決めかかっているから、作者は百も承知の上で、「亀が鳴きました。だから(あるいは、なのに)こうです」と言って、聞くほうは突然フェイントをかけられたような気がする、という理屈になります。

 「いったい、だれがいつ、亀が鳴くなど言い出したのか。さらに、それに悪乗りして季語とさえ認定したのはいつのだれだ。歳時記によると、亀は春鳴くことになっている。なぜ春か、それらはいっさい不明のままに、現代にいたるまで、俳句はむしろ喜んで、亀の鳴く句を作っているように見える。」
 「すばらしいではないか。この虚を遊ぶ文芸こそが俳句である。」

 「亀鳴くや ひとりとなれば 意地も抜け」 (鈴木真砂女)
 「亀鳴いて 椿山荘に 椿なし」       (菅裸馬)
 「亀鳴くや 小説どれも 同じ型」      (高崎梨郷)

 みんな意地が抜けた瞬間です。
 例えば、大いに期待して読め始めた小説が型通りのつまらないもので、なんだとがっかりさせられた気持ちが、亀を鳴かせたそうです。

 なるほど、と頷きながら読みました。


 いや、いや、亀は鳴くものだ、と言っているのは、英国大使やモロッコ大使を歴任していた平原毅氏です。

 蛙には共鳴袋、哺乳類には声帯、鳥類には鳴管があって、亀には何もないゆえ、亀は鳴かない、と「図説 俳句大歳時記」(角川書店)の解説・今泉吉典氏は根拠を挙げて力説していますが、それでもやはり実際に聞いたという人にはかなわないでしょう。
 平原毅氏の「英国大使の博物誌」によれば、ヘルマン亀、ガラパゴス島の象亀はキーッと叫ぶような声を出し「私は自分の耳で聞いている」そうです。それと、日本の天然記念物である西表島の「せまるはこ亀」が鳴くのも聞いたことがあるそうです。
 しかも、「いずれも愛の季節に、愛の行為の最中に、びっくりするほど大きなキーッという叫び声を出す」、とのことです。

 「私は日本の『いし亀』や『くさ亀』が鳴くのを聞いたことはない。みみずが鳴くのは『おけら』の鳴き声のことだといわれるが、この『亀鳴く』もあるいは『おけら』の鳴き声を間違っているかも知れない。」と、作者は一応続けました。しかし、もしかして古では亀ももっと大声で遠慮なく鳴いていたかもしれません。
 中国の古典で、僕が知るところでは、「唐書」に、「大和三年,魏博管〓有虫,状如龜,其鳴晝夜不〓。」なる記述が見えます。

 こうなったら、文明の利器?、YouTubeを探しましょう。そうしたら、象亀でなくても、普通に亀が鳴く映像がありました。



 元大英博物館館長のサー・デイヴィド・ウイルソンが来日して、平原毅氏と酒を交わして歓談した折、確かに聖書にも亀の声が聞こえる、という表現がある、と言い出したそうです。

 酒の席なので期待しなかったが、十日程して航空便で知らせが来て、それは旧約聖書の「ソロモン雅歌」第2章10〜12だそうです。
 「Rise up, my love, my fair one, and come away.
  For, lo, the winter is past, the rain is over and gone;
  The flowers appear on the earth; The time of the singing of birds is come, and the voice of turtle is heard in our land.」

 なるほど、確かに「the voice of turtle」とあります。

 いや、しかし、日本語訳ではどうなっているかと言いますと、
 「わが愛する者よ、わが麗しき者よ、
  立って、出てきなさい。
  見よ、冬は過ぎ、
  雨もやんで、すでに去り、
  もろもろの花は地にあらわれ、

続きを読む

[読書・本]
[詩・歌]

コメント(全12件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット