港は、水上および陸上の結節点であり、様々なものがうごめいています。
音、においと色彩。
帆と帆柱と旗。
漁夫の願いや水夫の夢。
静かになったり、賑やかになったり。まさしく特殊な結界を持つ魔法的な域です。
また、古来より港町は人、物、情報によって、異国や遠隔地に結ばれているので。社会的、文化的に開放的なコスモポリスとなることが多いです。多くのマイノリティー集団が住み着き、様々な文化交流の場となっています。
ライアル・ワトソン博士は「モースーン」のなか、少年時代の印象を次のように語りました。
「わたしは、材木の質や値段のことで不満をもらし合い、ナホダ船と喚ばれるダウ船の船長たちのお喋りに聞き入った。船のデッキに跪いて祈りを捧げる彼らの姿も見逃さなかった。操舵室の日陰で休みをとりながらフーカ・パイプを回し喫みする水夫たち。彼らから漂ってくる甘い紅茶ときついタバコの香りに、わたしは酔った。船尾ポストの旗が気まぐれなそよ風ではためくたびにはと見上げ、じりじりと旅立ちを待ちわびる彼らの様子は、電線にとまって渡りの時期をうかがう、落ち着きのない燕の群そのものだった。旅に出たい〜わたしもそう思わずにいられなかった。」
確かに、日常にいて港を見ると、旅に出たいという願望が溢れて出てきます。
その一方で、長い旅行中に港を見ると、不意に、故郷を思い出してしまいます。
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1993年5月 熱海
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1993年8月 横浜
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1994年5月 真鶴
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1998年12月 淡水(台湾)
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1998年12月 淡水(台湾)
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1999年5月 ミコノス島(ギリシャ)
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